教員紹介

松原 知生

ゼミのテーマ

表象とイメージの文化史──中近世イタリア美術を中心に

 人間は歴史の中で、洞窟壁画からVR(ヴァーチャルリアリティ)に至るまで、さまざまな表象やイメージを生み出してきました。私たち自身、日々の生活の中でさまざま表象に囲まれ、あるいは表象を自ら生産しながら生きています(人間とは「表象する者」の謂であるかもしれません)。このゼミでは、表象の生産と受容の歴史における理論と実践の両面について、中世・ルネサンス期のイタリア美術を中心に学びます。

ゼミの紹介

 「表象」(representation)という語は、あまり耳慣れないものかもしれません。大雑把に言えば、人間が自己や他者や世界を、何らかの感覚や媒体を通じてイメージする行為、およびその行為を通じて生み出されたモノを指します。代表的な視覚表象としては、絵画や写真やCGなどがありますが、そこに聴覚という別の感覚や時間も関与する映画やアニメやネット動画、触覚や空間も重要な役割を果たす彫刻やフィギュア、文字という別の媒体と交錯する書物や地図やマンガ、さらには享受者自身がその中に入り込み全感覚的に体験する建築やVRなど、古今東西の多様なジャンルやメディアが人間の表象行為に関わっているのです。

 さらに “representation” という語は、「代表」「代理」「上演」といったように、使用される文脈によって異なるニュアンスをもちうる多義的なものです。たとえば政治における「代表」制、富を「代理」する貨幣に立脚した経済システム、あるいは物理的・象徴的な場(教会、劇場、ホールなど)における音楽や演劇や儀礼の「上演」など、政治的・経済的・空間的な意味をも含んでいます。

 「表象文化論」という新しい学問は、以上のようにさまざまな感覚やジャンルや意味を横断する「表象」という観点から、人間の創造行為を捉え直そうとするものです。人は歴史の中で、自分やそれを取り巻く世界をどのような論理に従ってイメージ化してきたのか、それが生産・受容される際のメディアや装置にはいかなるものがありうるのか、そこには政治的・経済的なイデオロギーがどのように関与してくるのか、といった、従来の美術史の古い枠組みでは捉えきれない多様な問題系に光を当てることを目指します。松原ゼミでは特に、中近世イタリアにおける宗教イメージ、その制作と受容のダイナミズムについて考察しています。

履修希望科目

西洋美術史を学びたい人は、松原が担当する講義やゼミ以外に、以下の科目もぜひ履修して下さい。

  • 1年次…「美術史」、「イタリア語初級」
  • 2年次(以降)…表象文化コースの各教員による講義、「イタリア語中級」
  • 3年次(以降)…「専門イタリア語」
  • 協定校であるシエナ外国人大学への派遣留学や短期語学研修、また博物館学芸員課程の履修も勧めます。美術作品を自分の眼で観察し手で触れる絶好の機会となるでしょう。

これまでの卒論テーマ

 ヨーロッパ美術に関するものと、それ以外のより幅広い表象文化についてのものに大別されます。教員の専門分野に限定されず、学生たちが自分の興味のあるテーマを自主的に選択し、楽しみながら研究しています。完成後は卒論文集を作成し、卒業式の日に贈呈します。代表的な論文のタイトルは以下の通り。

■ヨーロッパ美術に関するもの

  • 「コレッジョの聖会話──観者を組み込む視覚操作」
  • 「カイユボットの探究と印象派の再考」
  • 「芸術家と酒、そして酒場の相互関係──19世紀パリ、モンマルトルの「緑の妖精」表象を手掛りに」
  • 「ハンガリー建築家の表象文化研究、社会的要因の視座から」
  • 「アルハンブラ宮殿におけるカリグラフィー装飾──スアールの祈祷室と大使の間の比較から」
  • 「美術作品に見られる「猫」イメージの日欧比較──擬人化表現とつれない猫の魅力」

■それ以外のテーマ

  • 「大浦聖教版画《悪人の臨終》は何を語るか」
  • 「モダンガール表象に見る近代日本人の〈まなざし〉」
  • 「精神と感覚の「東山ブルー」──自然と向き合う中で培われた東山魁夷の青」
  • 「『ムーミン童話』はユートピアの物語か? ──牧歌的な固定イメージの見直し」
  • 「巨大な祈りの対象・大観音──崇高とキッチュの間にそびえ立つ曖昧な仏像」
  • 「マンホールの蓋について──芸術としてのマンホールの蓋」

自己紹介

 岐阜市生まれ。小学校の頃は考古学や古代史に憧れ、埴輪・土器づくりや発掘ごっこに熱中。高校では美術部で下手な絵を描く。これら2つの好奇心をともに満たしてくれる学問として美術史を志す。京都大学で西洋美術史を学んだ後、イタリア中部の古都シエナに4年半ほど留学し、同地の宗教美術について論文を執筆するとともに、逆に都市空間そのものが自らの身体に書き込まれていくという、貴重な相互テクスト化の体験を経る。専門は中近世シエナ絵画を中心とするイタリア美術史。加えて、近現代日本の芸術家や文学者たちの骨董愛好とその文化史的意義についても調査を進めている。研究業績については「読書案内」と「関連リンク」を参照。

読書案内

私自身が執筆や翻訳に携わった書籍として、次の4冊を挙げておきます。


松原知生『転生するイコン──ルネサンス末期シエナ絵画と政治・宗教抗争』(名古屋大学出版会、2021年) 古今の時間を自在に行き来し、「像」と「アート」の汽水域にたゆたうシエナ派絵画。イタリア戦争と宗教改革にともなう波乱のなか、「聖母の都市」を守護する古きイコン=聖画像はいかに動員され、新たな使命を獲得したのか。繊細なシエナ美術に秘められたダイナミズムを析出し、イメージ論の新地平を切り拓く。(帯文より)

松原知生『物数寄考──骨董と葛藤』(平凡社、2014年) 川端康成、小林秀雄、青柳瑞穂、安東次男、つげ義春、杉本博司──古物に憑かれし者たちの悶々。古美術愛好の本質を超越的な断言や印象批評的な情語ではなく一箇の感性論として語る、「大正から昭和の全体、平成の今にいたる骨董文学の系譜考として貴重な仕事」。(帯文および高山宏氏の書評より)

ヴィクトル・I・ストイキツァ『ピュグマリオン効果──シミュラークルの歴史人類学』松原知生訳・解説(ありな書房、2006年) 西洋の視覚文化の底流をなす、生命を賦与されて現前する魔術的なイメージであるシミュラークル、その遙かなる起源としてのピュグマリオン神話が時を超えて及ぼす多様な効果を鮮やかに読み解き、プラトニズム/モダニズム的な「表象」概念を脱構築する、スリリングなイメージ/表象の人類学の試み。(帯文より)

『美学の事典』美学会編(丸善出版、2020年) 日本における美学・芸術学分野を代表する研究者たちが、「美学理論」「美術史」「現代芸術」「音楽」「映画」「写真・映像」「ポピュラー・カルチャー」「社会と美学」という8つのテーマを軸に、多様なトピックをとり上げて解説。1項目につき見開き1ページで執筆されているため、入門書として読みやすいだけでなく、最新の知見をとり入れた記述や文献案内は専門性も高い。松原は第2章「美術史」のうち、「エクフラシス」「素描(ディセーニョ)VS. 彩色(コロリート)」「偶像崇拝と偶像破壊」の3項目を担当。

おすすめサイト

『artscape』

1995年創刊の美術館・アート情報ウェブマガジン。展覧会情報が特に有益。https://artscape.jp/

「加藤哲弘のホームページ」

関西学院大学の加藤先生のウェブサイト。こちらも1996年開設の老舗。美学・芸術学関連の情報が満載。http://web.kyoto-inet.or.jp/people/katotk/

関連リンク

欧文論文一覧(ACADEMIA)(PDF形式でダウンロード可)

https://seinan-gu.academia.edu/TomooMATSUBARA