教員紹介

柿木 伸之

ゼミのテーマ

美と芸術の理論──現代における感性と芸術の可能性を問う

 芸術は、時代ごとに姿を変えながら人の心を揺さぶり、人間の生き方や社会の仕組みを根底から問うきっかけを与えてきました。それは今、どのような力を発揮しうるのでしょう。現代の世界で芸術の美は、どのように経験されるのでしょうか。
 私のゼミナールでは、こうした問いに理論的に取り組みます。そのような探究を美学と呼ぶなら、その営みは芸術をはじめ表象文化のさまざまな姿を批評的に解読しながら、人間がこの世界で生きるうえで欠かせない「表象」の活動──それは場面に応じ、「表現」、「再現」、「上演」、「代表」などとして行なわれます──そのものを、現代における可能性へ向けて掘り下げていくものと言えます。美学はさらに、芸術美をはじめ、美を感性において経験する可能性も、技術文明の進展や表象のメディアの変化などを踏まえながら追求します。
 私自身は美学を、「うた」を含む、広い意味での「ことば」の可能性の探究と結びつけたいと考えています。ゼミでは、過去の思想を読み解きながら、また芸術作品に触れながら、このような美学の研究を学生のみなさんとともに進めていきます。

ゼミの紹介

 ゼミではまず、美学に関する文献をはじめ思想的な内容の文献を、その歴史的文脈を踏まえながら、同時に基本的な概念を確かめながら講読します。それをつうじて文献のテクストが、どのような芸術の姿を、あるいはどのような人間の生きざまを語りかけているのかを解読し、その文献の意義を測ります。また、文献講読と並行して、哲学や美学を探究したり、芸術や文化現象を理論的に検討したりする研究に、各自でテーマを設定して取り組み、卒業論文に結びつけます。各自の研究の成果を発表する場も、節目ごとに設けます。

履修希望科目

 共通科目では、まず哲学と倫理学の履修をお薦めします。美学の研究にもつながる思想と思考法を学ぶことができます。芸術とその歴史に関する科目も積極的に履修してください。専攻科目のうち、文化コース基礎論fは、表象文化研究の基礎を学ぶために、ぜひ履修してください。2、3年次には、ゼミでの研究に備え、美学・芸術学を履修していただきたいと思います。外国語の履修にも力を入れてください。古典語を含む欧米の言語は、ゼミでの研究に役立ちます。私がドイツ語圏の哲学と美学を専門とすることから、ゼミでは、さまざまな場面でドイツ語に触れることになるはずです。

自己紹介

 鹿児島で生まれ育ち、東京で学生時代を過ごしました。当地で教員としての仕事も始めています。2002年から広島の大学で研究と教育に携わった後、2021年の4月から、国際文化学部に研究と教育の拠点を置いています。さまざまな機会に訪れてきた福岡の街には親しみがありますが、ここでの暮らしを、そのなかでの出会いを楽しみにしているところです。
 研究の専門分野は、近現代の哲学と美学です。とくに20世紀のドイツ語圏で繰り広げられた哲学と美学を専門としています。大学院生の頃から、ヴァルター・ベンヤミン(Walter Benjamin, 1892–1940)の思想を研究の軸としてきました。芸術にはつねに関心を向けていますが、なかでもクラシック音楽は長年愛好してきました。ささやかながら、それに関わる仕事にも携わっています。

読書案内

 ご紹介したい本は数えきれませんが、ここでは私にとってとくに親しみのある二点に絞りたいと思います。
 まず、私が研究しているベンヤミンの著作を集めた一冊として、山口裕之の編集と翻訳による『ベンヤミン・アンソロジー』(河出文庫、2011年)を挙げておきます。「技術的複製可能性の時代の芸術作品」をはじめ、彼の主要著作を読むことができます。ベンヤミン研究をリードする研究者による丁寧な翻訳と註釈は、理解の助けになります。ベンヤミンの入門書として、私が書いた『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』(岩波新書、2019年)を手に取っていただけると嬉しいです。
 もう一冊、私が19年にわたり暮らした広島に関わる文学作品を挙げておきます。原民喜(1905–1951)の『夏の花』(岩波文庫、1988年)です。作家自身の被爆体験を克明に綴った記録にもとづく小説で、原子爆弾によって人が、街がどのように変貌したかを、静かな、しかし強い言葉で伝えます。被爆を伝える最初期の文学作品であると同時に、原爆に遭うとはどういうことかを考える際に最初に読まれるべき一篇であり続けています。原民喜の生涯については、梯久美子『原民喜──死と愛と孤独の肖像』(岩波新書、2018年)を読んでみてください。

おすすめサイト

 研究に直接関係する本や好きな著者の本など、自分にとって大切な本は手許に置いてください。思考の刺激や気持ちを整理するきっかけを与えてくれます。そのような本のなかには、書店ではもう手に入らなくなったものもあるでしょう。こうした場合、古書を探すことになりますが、そのために「日本の古本屋」のウェブサイトをお薦めします。街の古本屋にある古書を、しばしば大手の通信販売のサイトよりも手ごろな価格で手に入れることができます。https://www.kosho.or.jp
 美学に取り組む際の刺激になる良質の批評が読めるウェブサイトとして、「Mercure des Arts(メルキュール・デザール)」をお薦めしておきます。毎月15日に更新される芸術批評誌のサイトです。「音楽の創造・享受の新たな軌道を翔る批評誌」と銘打たれているとおり、音楽批評、とくに公演評が中心ですが、美術展の批評や刺激的なエッセイも掲載されます。芸術の動向について考えるために閲覧してみてください。http://mercuredesarts.com

関連リンク

 「Flaschenpost──柿木伸之からの投壜通信」と題して、ウェブサイトを公開しています。近況、著作の紹介、関係する催し物のお知らせ、文化に関わる活動の記録、旅行記や雑感などを記したクロニクルのほか、演奏会評、オペラや演劇などの公演の批評、書評、エッセイなどによって構成されています。月一回は更新するよう努めています。https://nobuyukikakigi.wordpress.com